
ここちゃんがまだ小さかった頃、
「少しでも行ける場所を増やしたいな」と思っていました。
歩き始めて少し経った頃、
ちょうど療育を始めた時期で、
1歳7ヶ月くらいだったと思います。(少し誤差はあるかもしれませんが)
どこでもいいわけじゃなくて、
でも、少しでも可能性があるならやってみたい。
そんな時に見つけたのが、
地域の情報誌に載っていた音楽療法でした。
ほんの少し惹かれるものがあって、
正直、勇気はいったけれど、連絡してみたのを覚えています。
当時は、ちょっとしたことでパニックになることもあって、
集団の中に入るのはなかなか難しい時期でした。
だからこそ、マンツーマンで受けられるという形も、
ここを選んだ理由のひとつでした。
そしてこの時は、父も一緒に来てくれていました。
ここちゃんが一番懐いていた存在で、
私自身も正直、一人では心細くて。
自然と、その形になっていたように思います。
ただ——
どこでも大丈夫、という感じではなかったんです。
音楽そのものは楽しめる。
でも、「その場所に入ること」ができない。
大きな施設の中に入ること。
初めての場所に足を踏み入れること。
そこに来ると、ここちゃんの体がピタッと止まってしまう。
そして、促せば促すほど、
余計に体が動かなくなってしまうような、そんな時期でした。
とはいっても、限られた時間の中でお願いしているため、
入るまでに時間をかける余裕もなくて、
とにかく時間との勝負でした。
先生が外まで出てきてくれて、
おもちゃや興味のありそうなもので促してくれるのですが、
それでも、なかなか入れない。
逃げて、逃げて。💦
やっと中に入れた時は——
ここまで来るのに、かなり時間がかかっていました。
入る頃には、もう残り時間はあと少し。
ほとんどの時間を、「入れない時間」に使っていたような感じでした。
それでも、
中に入れた瞬間は、
びっくりするくらい楽しそうにしていて、
入れなかった時間が嘘みたいに。
音に合わせて動いて、
身体を揺らして、
表情も一気に変わる。
だったらなんで……と思うのですが、
だからこそ、しんどかった。
やっと楽しく活動できても、
次の週になると、また最初から。
また入り口で止まるところからのスタート。
そんな繰り返しでした。
あの頃は、とにかくしんどかったなと思います。
だけど、しんどかったのは私もそうだったけど、
それ以上に、ここちゃんだったのだと思います。
しんどくて、でも入れない。
だったらその時点でやめてしまう。
そういう選択もあったのかもしれないと、
今になって思うこともあります。
でもあの時の私は、
どこかで頑張り続けることを選んでいたのかもしれません。
通ったのは、半年くらいだったと思います。
入れない時間の繰り返しの中で、
このまま続けることがいいのか、少し迷うようになりました。
ここちゃんにとっても、私にとっても、
👉少し負担が大きくなっていました。
そんな中で、
一度ここで区切ることを選びました。
自然と、フェードアウトする形になりました。
それが、小さい頃のここちゃんの特性であり、
それは小学校、中学校と、違う形で続いていきます。
だけど——
この繰り返しのしんどさを経験したことが、
後のここちゃんにつながっていったのだと思います。
その時は、見えなかったこと。
道が、少しずつ、少しずつ、つながっていくこと。
次につながっていくこと。
しんどかったのは、
そのつながった先が見えなかったからかもしれません。
今は、そんなふうに感じます。
音楽療法は、音楽を上手にするためのものではなくて、
音やリズムを通して、その子なりの表現や関わりを引き出していく時間でした。
ここちゃんにとっても、
「楽しい」と感じられる大切な入り口のひとつだったのだと思います。

