
今日は、眠たい中で卵寒天を作った。
本当に簡単で、あっという間にできてしまって、
こういう一品があると、少し気持ちが楽になる。
母に出してみたら、
「なにこれ?凝ったの作ったねえ」と。
昔、おばあちゃんが作っていたらしいけど、
その記憶はもうないみたい。
それでも、甘いものだから合うかなと思って、
お昼にも少し出してみた。
今日のお昼は、焼きうどん。
これは父の大好物。
時々作るけど、母はあまり好きではない。
普段は、焼きうどんを作ったあとに、
母用に かけうどんを別で作っちゃう。
でも今日は、時間がなくて、そのまま焼きうどんを出してしまった。
結果は、やっぱりというか、
母は一口二口でほぼ残し。
ヨーグルトもヤクルトもそのまま。
卵寒天も、少しだけ。
父は全部完食で、
シュークリームがなかったことだけ、少し残念そうだった。
こういう日を見ると、
やっぱり母目線で出した方が良かったかなと思う。
でも、父と母、それにここちゃんもいて、
それぞれに合わせて作るのは、なかなか大変で、
気づけばもう一品増えている。
そんな中で、母はよく
「私は偏食ない。なんでも食べれる」
と、普通に言う。
多分、昔の自分のままの感覚なんだと思う。
でも、今は違う。
それを分かっているのは、作っている側だけで、
少しだけ、引っかかる。
作る側は、食べられるようにと考えて、
食べる側は、当たり前になっていく。
同じ食卓でも、
見えているものは少しずつ違うのかもしれない。
全部うまくやろうとすると疲れるから、
最近は、できる範囲で回すようにしている。
こういうのも、私の生活の一部。


